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<p>

この間書いた記事のマークアップがおかしい。登録するとサーバ側で自動的に<p>を付けてくれるようだったので本文中では書かないようにしていたのだが、このせいらしい。というわけで、自分で<p>を書くと出来上がった記事の方では<p><p>となってしまっている。

<p>を書かないと<p>が付かないが<p>を付けると2つになるというのは一体どういうことだろうか。

というわけで、これは自分で<p>を付けてみる。

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ニート

思うところがあるのでトラックバック。

引きこもりは問題外なので考えないが、普通に生活できて働かないというのは33万人ほどいるようであり、特に地方差みたいなものは感じられない。どこの都市にも社会にも存在しているということだ。しかし、彼らはしっかり娯楽などに支出している。元禄末期の遊び人に近い。

なるほど。やはり、ニートと呼ばれる人たちは今までも存在していて、単に新しくカッコよさげな呼称が付けられただけだと。まあ、引用部にもあるように、引きこもっているニートもいるわけだから、一概に遊び人とは言えないのかもしれないけど。感覚的に遊び人≠引きこもりなので、ニート⊃遊び人であり、かつニート⊃引きこもりというところだろうか。

最近、増加傾向にあるというニートと呼ばれる人たちだが、増えたわけではなくて目立つようになっただけで新しい呼称までついたので尚更目につくようになっただけ、という解釈もできる。遊び人というのは昔からいたわけだし。しかし、無業者と分類される人口は増加しているとのことなので、実際に増えていると解釈する方が自然だろう。

で、最近になってこれらの人が増えてきたというのはやはりネットの影響が大きいのだと思う。というのも、有名人や実力者、金持ちとの情報的距離がネットによって格段に縮まったから。世界が狭くなった。もちろん、今までもネット以外のメディア、たとえば雑誌、新聞、TVなどからの影響もあったのだろうけど、これらのメディアではメディア越しに見ているという感覚が強いのかなんなのか「有名人がいるあっちの世界」と「自分がいるこっちの世界」との区別が明瞭であったのだと思う。TVにおいては、あいつはTVに写る。自分は写らない。だからあいつはスゴイやつだ。というのか明確だった。ネットでは、あいつはWebで日記を書いている。自分も日記を書いている。なんだ違いは無いじゃないか。ここまで単純だとは思わないけど、気分的に相手との距離感が縮まったように感じているのではないだろうか。

また、とはいっても良く知らないけど、「普通」を売りにしているアイドル。普通っぽさが良いということで有名人になれてしまう。普通っぽさなら負けないぞ、という勢いの一般人は有名人になれない。どこかに違いがあるのだけど、それは判らない。「普通っぽいアイドル」と「普通の自分」との違いが判らないから、自分もアイドルになれる、なれるハズだと思ってしまう。さらに進行すると、なれないとオカシイとすら考え始める。

ここですんなりとアイドルへの道を諦められれば良いのだけど諦められない人がいる。

同様に、野球選手になりたい、サッカー選手になりたい、作家になりたい、画家になりたい、音楽家になりたい、実業家になりたい。適当になりたいものは見つかる。そして、それらの道で成功している人たちはいつもネット上で自分の活動などを紹介している。それらはとても身近なものに見えるのだろう。だから、自分もすぐになれると思う。

だが、なれない。

当たり前の話で、なろうと思ってなれるようならプロ野球チームなんて12球団どころか24球団あっても足りないくらいにプロ野球選手が余っているはずだ。そんなことになると、プロ野球選手は儲からないということで人が離れていくだろうけど。言うまでもないが、一千万、一億と大金が飛び交うということは、プロ野球選手というものになるのは極めて難しいのだ。

なろう、と思った自分の目標像があるのはよいが、それに向かう、近づく努力をしているニートはどれだけいるのだろうか。

なりたいもの、やりたいことがない、という人もいるだろう。

切込隊長にトラックバックした自称ニートの記事によるとこんな感じである。

小さい頃私は、ただ漠然と、何か絵や文章を書く様なあまり一般的ではない職業に就くのかも知れないと思っていました。その当時、私に取っての価値観とは例えば風景が綺麗であった事とか、ある文章を読んで深く感動した、という様な事が全てであってそれ意外の勉強であるだとか将来の夢だとか言う物は余り重要視されるものではありませんでした。そんな小さな価値観を懐深く大切にしたまま時が過ぎていきました。

当然、年頃になれば決断を迫られます。『自分はこれからどうするのか?』

大多数の人は、感受性があってもそれを表現する術を持ちません。もしあったとしても、それで飯が喰えるのはほんの一握りだけです。私も、それと同じくどうも芸術的な才能には欠けているようでした。親に向かって『芸術家になりたい』等とはとても言えそうもありません。

強調は私によるもの。

芸術家になりたかった。やりたいことはあったのだ。参考例が1つだけというのはちょっとアレだが、他の方々も同じようなものではないだろうか。私の幼稚園の頃だと当たり前のように「大人になったら何になる」みたいな話が出ていた。今思い出すとなかなかアレだが、

  • ウルトラマン
  • 仮面ライダー
  • 西部警察

もはや普通の回答は記憶にない。インパクトのあったものだけ覚えているが、この回答者はいまどこで何をしているのだろう。

西部警察に入りたくて、でも入れなくて、悶々としながら部屋をごろごろとのたうち回っているのだろうか。おそらくそんなことはなく、ふつーに会社に勤めながら西部警察2004の撮影中止を悲しんでいたりするのだろう。

なりたいものになれる、というのは実はごく少数である。大多数は、なりたいものを諦めて別なものになる。

なりたいものになれた、という人は、そのために計り知れない努力をしたはずである。私は物心就いたころからエレクトーンを弾いていたので、このままキーボード奏者か音楽家になれたらいいなあ、とは思っていた。結局10年程度で止めてしまった。「なれたらいいなあ」程度では続かないのだ。というか、そのときスクールには4人ほどいたわけだが、4人中私が一番下手だった。これはもう諦めるしかない。片手だけなら誰にも負けない、という不可思議な自負はあったもののエレクトーンは片手で弾くものではないので意味がない。小フーガト短調を右手だけ超速弾きしたところで、ちょっと遅くても両手で引いた方がカッコイイし曲になる。

ここで諦めずに続けていれば人生が変わったかもしれないが、そこまでの努力はしなかった。こうしたちょっとした壁、いたるところにある壁をすべて乗り越えられる人だけがなりたいものになれるのだと思う。というか、なりたいものになるまで進み続けるというか。

社会は、人間に対価を求めます。いくら私が、懐深く暖めて来た価値観が自分に取って大切でも、社会では一円の価値もありません。この時点で、社会的な価値観に合致した能力を持った人間との差は決定的な物になっていました。

社会というか一般的な会社、企業が要求する対価というのはどこにでもあるような価値でしかない。誰かが一つだけ持っているような特殊な価値を要求しているわけではない。TVやネットなどで、ある意味「特殊な人」が所有している「特殊な価値」ばかりを見ていると求められているのは「特殊な価値」だけのように思えるかもしれないけど、そんなことはない。お腹が空いている時に欲しいのはコンビニで売っているようなちょっとした食べ物で充分であり、そんな時に野茂の右腕があったって何のありがたみも無い。まあ、焼けば食えるかもしれないけど。

社会が要求するのは目の前にある仕事を片づけるのに充分な力量でしかない。10kgの荷物を運ぶのに重量上げ金メダル級の筋力は要らない。だから、重量上げで金メダルを取れないからといって悲観することは全くないし無価値ということではない。人より持てる荷物は少ないかもしれないがそれは仕方がない。しかし、目の前の10kgの荷物を片づけるには充分だ。

いくら私が抗おうとも、私を取り巻く全ての環境が社会で在る以上、常に格差を見せつけられます。

格差というのはどこにでもある。というか、複数の異なるものがあればそこには違いがある。あいつと自分の評価が異なる、というのはごく自然なことで、だからどうだ、というような話ではない。

仮にあいつと比較して自分の給料が低いというのであればあいつと同じような質、量の仕事をすればよい。なにもせずに評価が変わるということはあり得ない。それが社会の価値観を受け入れるということで敗北であるならば負けで良い。負けても死ぬわけじゃない。

この状況においては、社会の価値観を受け入れる=自分の無能を認める。という事になります。長い時間を掛けて社会の価値観を受け入れる事により、私は次第に敗者へと変わっていくのです。

「敗者」の定義が曖昧なので仮に「社会的な評価が低いもの」と定義すると、社会に出ていない時点で既に敗者となる。次第に敗者へと変わっていくということは無い。というか、新入社員も敗者ギリギリである。この状態から皆上を目指して駆け上ってくのだ、この男坂を(未完)。

にも関わらず、メディアに露出している成功者の姿を見て、なぜ自分とはこうもかけ離れているのだろう、と考える。成功者が裏で行っていたような努力をせずに、成功できるわけがない。期末テスト前に、「勉強してきた?」と訊くと誰もが「いや、ぜんぜん」とか言う割には学年トップとかそれに近い成績をとったりするのと同じ。「努力==カッコワルイ」という雰囲気の中では努力していますとは言いにくいのかもしれないしカッコつけたいのかもしれない。できる人はちゃんとできるように努力している。

無能を認めて、それから足りないところを埋めていく。最初から埋まっている人なんていない。いないと信じたい。

有能ではない、ということは無能であるということとは違う。「!有能 != 無能」ってC使い以外には通じないか。「非有能≠無能」。無能が20点以下、有能が80点以上と定義するならば50点は有能ではないが無能でもない。

失敗したくない、というのは理解できる。だから何もしない、というのも判る。

しかし、宝くじで一等を当てる人は外れることを覚悟の上で宝くじを買った人だけだ。買わなきゃ当たらないのだ。空振りを恐れてバットを振らなきゃヒットは撃てない。つーか、3割打者だって7割は失敗している。

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今年の10大ニュース

今年の10大ニュース。個人的にはトップはやはりIBMのPC事業売却なのだけど、

11月12日以前に当サイトに掲載されたニュースの中から印象に残ったものを選んでもらった(ニュースは、複数選択可とした)。したがって「IBMのPC事業売却」や「任天堂のニンテンドーDS発売」「ソニー・コンピュータエンタテインメントのPSP(プレイステーション・ポータブル)発売」など、11月13日以降のニュースは、調査の選択肢に含まれていない。

とのことなので仕方がない。

記事にあるニュース一覧はどうも個人的にはしっくり来ない。というかlivedoorと楽天が多すぎだ。というわけで私がピックアップするとこんな感じ。

  • Winny開発者逮捕
  • サイバーユーキ逮捕
  • 田代まさし逮捕
  • 植草一秀逮捕
  • Yahoo! BB顧客情報漏洩事件犯人逮捕
  • Half Life2のソースコード盗難の容疑者逮捕
  • Intel、Pentium 4のクロック向上断念
  • Intel、Prescottの後継CPU Tejasの開発キャンセル
  • Gateway、eMachiesを買収
  • IntelがAMD64に追従
  • 回転ドア
  • イラクでの邦人拉致
  • 岡崎律子さん、死去
  • ソニー、海外PDA市場から撤退
  • 輸入CD対策のため著作権法改正へ
  • SpaceShipOne、X PRIZEのチャレンジ成功
  • AMDが黒字化
  • XBoxがIntelアーキテクチャではなくなるらしい

まあ、逮捕者はWinnyの47氏以外はネタなのでどうでもよいが。それでも3つ余るな。

  1. Winny開発者逮捕
  2. 輸入CD対策のため著作権法改正へ
  3. SpaceShipOne、X PRIZEのチャレンジ成功
  4. 岡崎律子さん、死去
  5. IntelがAMD64に追従
  6. AMDが黒字化
  7. ソニー、海外PDA市場から撤退
  8. 回転ドア
  9. Intel、Prescottの後継CPU Tejasの開発キャンセル
  10. XBoxがIntelアーキテクチャではなくなるらしい

とりあえず10個、となるとこんなものだろうか。回転ドアは、なんども危険な状態や事故があったにもかかわらずそのまま放置されてしまったというのがシステムの運用などにも言えそうな気がするのでランクイン。イラクのは興味深いものではあるもののどうにも自業自得という感が拭えないのでアウト。Intelの4GHz断念は結局のところNetBurstアーキテクチャの限界というかTejasのキャンセルから引っ張られたようなものなのでTejasキャンセルをいれて4GHz断念は除外。岡崎律子さん死去の報はオタとしては当然入れなくてはならない。

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/.J忘年会@札幌

/.Jの忘年会が札幌においても行われるということだったので、せっかくだから参加してきた。

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紅蘭! 紅蘭!

  _  ∩
( ゚∀゚)彡 紅蘭! 紅蘭!
 ⊂彡

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道は後ろにできる

高速道路を避けて生きることは可能かと題された梅田さんの記事。先日の高速道路の話の続きというか梅田さんなりの回答というか、高速道路との付き合い方を提示している。

道が無い方、道が無い方と進んでいくというのは競合する相手がいない、もしくは少ないということで勝負としては有利だ。ただし、この道もなかなか厳しいものがある。確かに先行者も少なく競争は有利に見えるかもしれない。が、自分が進むことでその後ろに高速道路が敷設されてしまうのだ。目をつけられるとあっという間に後ろに張り付かれる。先行逃げ切りができる体力があればよいが、道を切り開くところで消耗していると追い抜かれてしまう。

自分にとっての高速道路は無くても、敵は自分が作った高速道路を走って追いかけてくる。ある程度の定見とゆとりがないといけないし、追い越されたら即座に道を変えるくらいの適応性も欲しい。

目的が、

  • 誰も到達していないところに行く
  • あるポイントまで誰よりも早く到達する

のどちらかで対応も異なってくる。カネになれば何でも良いのであれば追い越されて勝ち目が無さそうなら別の勝利条件を設定する。カネはともかくたどり着けば良いのなら後を追う。たどり着くことで儲けたいのなら、それは勝利条件が誰よりも早く到達するということなのでそれの達成を目指すしかない。

敵のいない方、いない方へと進んでいくのは臆病に見えるかもしれない。勝利条件を満たしたとしても単独プレイの結果でしかなく御山の大将にしか見えないかもしれない。しかし、そんなことはどうでも良い。他人からどう評価されるか、ということよりも自分なりに満足して道を作ることができればそれで良いし、たどり着いた場所がそれなりなら文句は無い。

戦わずして勝つ。兵法の基本。

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今後のソフトウェア商売

プロダクトベンチャに商機勝機ありとのこと。個人的には同意。というか、既存のものを取りまとめてひとつのシステムとして構築して客に渡す、という商売では先が無い。あるものを組み合わせるだけならレゴブロックを組み立てるようなもので誰がやっても同じようなものになる。あとはメンテナンス料で食いつなぐしかない。他社が同じ事を始めてしまえば価格競争に巻き込まれる。

だから「こういうことをしたい」という客の要望に応えていくだけの商売には未来を感じられない。

「こういうことをしませんか?」と客に要求する商売でなければ。

何らかの商品を持っていて「これを使えばこんなことができます、おたくもやりませんか?」という形に持ち込む。これができれば商機が見えてくると思う。

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高速道路から降りた後の歩き方

高速道路の話

「高速道路」に乗っている時は、単に他人が設置した道路をなぞって進んでいるに過ぎない。だからこそ速く進める。

道路の終点まで到達してインターチェンジをくぐった後にどうするか。今までのように他人の設置した道を歩いてくというわけにはいかない。誰も歩き方を教えてくれない。

「高速道路」を降りる、このタイミングで歩き方、学習の方法論が全く変わってしまう。他人のやり方を修得する方法から自分のやり方を作り上げる方法に切り替わるわけだけど、以前はそれなりに他人のやり方も参考にしつつ試行錯誤を行うこともあったのだろうけど今では「高速道路」が整備されたこともあって試行錯誤なんてしなくてもかなりのレベルまで到達できてしまう。こんな状態だから指導する人からしても指導できるレベルを超えているのかもしれない。

同じ、技術の習得であっても修得方法が異なれば別の能力と言うか要素が必要になる。これが

そうやって皆で到達したところで直面する大渋滞を抜け出すには、どうも全く別の要素が必要なようである

ということなのだと思う。

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仕様

リンクを辿ると別の記事を参照してしまうという件、ココログスタッフの某めがねのひとによると仕様なのだそうだ。

仕様であるからには直す必要は無いというかそういうデザインなのだからそれでよいハズなのに直すコードができているというのが不思議でならない。何を直すというのだろう。

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よつばと!の面白さ

まずは不比等の「とりあえず… 222」に反応。

ゲームでも物語でも面白さというのは

  • 予想が外れたときの面白さ
  • 予想通りに進んだときの面白さ

の2種類がある。

よつばと!の面白さはよつばの行動と我々の行動のギャップにある。よつばや登場人物の行動がジャンプした時、それが我々に対してある種の快感を叩きつけてくる。そしてそこから予想通りの展開になった時さらにおかしさがこみ上げてくる。

ジャンプするタイミング、そしてその着地点。これらが我々の価値観の延長戦にあるようでちょっとズレている。よつばがかわいいかどうかというのは実は全く関係なく、このズレ具合とズレた後のお約束の展開が面白い。

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とりあえず

日記。はいわゆるblogではないのでトラックバックを送信できなくて不便に思うことがあった。

どうせ無料で使えるのだから使ってみよう。

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